photo by Pakorn Lopattanakij |
先日、大学院時代の仲間に声をかけてもらって、
宇都宮大学教育学部の授業にお邪魔して
レッスンさせてもらいました。
許可をいただいた上でみんなの感想を掲載させていただきます。
(すべて名前は変えてありますが、感想はそのままです)
*南向日葵(みなみひまわり)さん
自分の身体のことを、3時間から4時間ほどかけて考えたのは初めてでした。生活していくためにどこかを動かそうとすれば身体は動いてくれます。しかし、意識しているのは腕や手、脚など、自分から見えるところだけであって、背中や腰、後頭部などは日常で意識して動かすことなどありません。身体の部位を細かく意識して動かすことで、頭も使ったような気がしました。
激しい運動でトレーニングやストレッチをするのではなく、やさしい動きで楽に、自由に行うので、眠くなってしまうほど心がリラックスしていました。今回のボディワークでは、身体つきも人それぞれであるし、動き方、身体への思いや感じ方も人それぞれで、自分と他人を比べて評価するものではないと思うようになりました。半日という時間だけで終わらせてしまうのはとてももったいないことで、もっとこのボディワークの効果を感じてみたいと思いました。今回教えていただいたことを思い出しながら、時間があるときに自分なりに実践してみたいと思います。
*篠原智子(しのはらともこ)さん
今までに今回のような運動をしたことはなかったので、とても新鮮な気持ちで取り組むことが出来ました。最初に床に寝た時は、「体の左右どちらが多く床に面しているか(触れているか)」、「体の左右どちらが長い感じがするか」などの質問をされてもよく分からなかったのですが、ボディワークを行った後は、それらが段々と分かるようになっていくのがとても不思議でした。自分の楽な体勢を知ることも出来たので良かったです。また、私は体が硬いため、腕を頭の方に伸ばすように言われてもなかなか伸ばすことが出来ず、とても苦労しました。日頃から、柔軟などをしてストレッチを行うことが必要だなと考えさせられました。また、普段私は、無心になるよう言われても悩みごとなど細かいことを考えてしまい、無心になることに苦労するのですが、ボディワークを行っている間は、何も考えずに無心になっている自分に驚きました。とても良い経験になりました。
*小西隼人(こにしはやと)さん
私は、ボディーワークに対して持っていたイメージでは、体を緩やかに動かして気分転換したり、リラックスしたり、体の代謝を良くすることだと思っていたので、いきなりのワタミの自殺してしまった人の話や「よく見ること・逃げること」「正しさなんか通用しない」という言葉を聞いてみても、それと体を動かすことに何の関係があるのか、初めはさっぱりわかりませんでした。
しかし、だんだんとやっていくうちに少しずつ最初に話した事がどういうことなのか掴めたように思えます。
私がまず感じたことは、普段全く気にしていないことが自分の身にはたくさん起きているという事です。床に寝るという何気ないことでも体の細かい部分に意識を集中させることで自分の体が自分には分かっていなかったことに気付かされました。
また、先生の声で体勢を変える指示を受けていて、やってる間に自分はこの体勢であってるのかな?と疑問を抱くことが多々がありました。そのとき「正しさなんて通用しない」という言葉を思い出し、正しい姿勢なんてない、楽にやれる姿勢でいいのかなと思い楽しめることができたらそれでいいのかなと勝手にやっていました。
そのせいか、すこしだけ心のなかの何かが開けたような、そんな感覚になりました。
*杉浦順子(すぎうらじゅんこ)さん
このような体験をするのははじめての経験だったので少し不安もありましたがとても楽しみにしていました。初めてみてすぐに、自分のからだがどうなっているのか部分的に意識をしていると自分の体が自分のものでないような不思議な感じがしました。そして運動を続けていくにつれ、仰向けの体勢に戻り力を抜いた後、また動き始めるとき、ふと動くのにはこんなに力がいるのかと感じて、普段何気なく動いているけれど実はすごいことなのではないかと考えていました。
ですが、正しいかどうかで判断しない、と言われるものの、自分の動きが言われたことと同じようにやっているのか(つまり間違っていないか)不安になり、目を開けて確認したくなりました。これは自分が昔バレエをやっていて先生の言うとおりに動かなければならない、周りと同じ動きができないといけないというのがいまだにあるのかもしれないと考えました。だから正しいかどうかという基準を使わないのは自分にとってとても難しい気がしました。
あと、人の体は左右対称だと思っていたしその方が健康的だ(たとえば骨盤のゆがみが太る原因など)と聞いていましたが、からだの片方の側だけに負荷がかけると、大した時間が経ったわけでもないのに体がアンバランスな感じがすることに驚きました。これはアンバランスに体を動かしたという認識によって生まれた感覚なのか、実際に体に起こっている変化に対しての感覚なのか、今考えるとよくわからないです。
まとめとして、普段経験することのないものを体感することができて、不思議な気分になりました。自分の体が動いているということに少し興味を持ちました。
*松島凜(まつしまりん)さん
ボディ・ワークを受ける前、初めはストレッチみたいなものをやるのかと勝手な想像をしていました。しかし、実際にハーモニー体操を体験してみて、自分の体が左右でどう違うか、背骨はどう動いているかとか、足はどのくらい浮いているかなど、自分の体について知っていくものであると思いました。また、2人組になって相手の体の動きを見て分析するワークもやり、相手がどういった体の特徴があるのかを想像して、それについて相手に伝えることで相手のことについても知ることができました。言葉を使わないコミュニケーションをしているような感覚でした。自分自身とのコミュニケーション、相手とのコミュニケーションの両方をとることができるのではないかと思いました。そして、言葉を使わないことで、自分で感じようとする姿勢になり、そこから自分や相手を受け止めることにつながっていくものではないかと考えました。ほかにも、ワークを受ける前と後で、自分の体がリラックスしていくのも少し感じました。やっていく中で力が入ったり、自分の体が痛くなったりするラインがわかるようになり、だんだんと自然に力が抜けていく感覚になりました。リラックスして寝てしまったこともありましたが、とても貴重な体験をすることができました。ありがとうございました。
*陳静(ちぇんじん)さん
正直に言って、途中で寝たかったです。本来、日本語の問題で、言葉の意味が分からなかったときがありました。でも最初に回りの人の動作が確認したら、集中できなくて、全然リラクスできなかったため、最後動作の確認がやめました。先生はいろんな国に行った経験があるそうなので、留学生の私とって、とても親切感があります。
「よく見る」「逃げる」という言葉は授業の最初のときで先生が言いました。作業中でも先生から自分の体の変化をよく観察してくださいと何度も言いました。最初はその意味があまりわからなかったのですが先生の指示で体を動かして、身体が変わることを実感できました。そして、姿勢も少しよくなったと感じています。一番重要なのは精神的にもよくなりました。今度の授業通して、心と体は連通であることがわかりました。これからもストレスが溜まるときは、家で先生が教えてもらったことをやってみたいと思います。
ちなみに、授業の最後で先生が言った「大航流時代」という言葉は、留学生の私にとって、とても共感できます。
*島木健太郎(しまきけんたろう)さん
ハーモニー体操これもまた初めて聞くワードでした。
ヨガのようなものかなと勝手に思っていました。しかしヨガと雰囲気は似てるものの、やっていることは異なりました。先生が指で生徒をつねり生徒が思わず逃げる。攻撃されたら逃げる。もし何かに直面した場合、逃げることも方法の一つである。体をうまく使い面白く例えていました。自分をしっかり見ること、つまり客観的に自分を観るために関節の動きを観るという例え方。とても面白かったです。他にも色んなハーモニー体操を体験してみたいなと思いました。
*津田奈々(つだなな)さん
ボディーワークというものを初めて体験しました。同じようなつくりのからだをもっているのに、わたしにはわたしの動きのクセがあり、友達には友達の動きのクセがあるということが分かりました。普段、自分のからだについて気にして生活することがなかったので、自分のからだの左右ではどんな違いがあるのだろう、寝ているときに右と左では骨の感じが違うな、など面白い発見をすることができました。自分の身体の中に感じた違和感を無視したり、酷使したりせず、じぶんのことはじぶんで守らなければならないとおもいました。寝転がりながらの活動だったので、途中で何回も眠気に負けそうになりましたが、とても実りのある経験でした。ありがとうございました。
*津田輝(つだてる)
自分はハーモニー体操メソッドというものが全く想像できず、リラクセーションのようなものだと勘違いしていた。しかし、実際に行ってみたところ、心を落ち着かせるといったものではなく、自分が今どんな動きをしているのかということについて考えるものだという印象を持った。人の行動を見てみると、自分ではしていることだが他の人はしていないことやその逆のことがあれば、先生から同じ指示を受けても全く違う動きをしている人がいるということにも気づかされた。講習の間、先生はずっと「正しいことだけが全てではない」ということを話していたが、そのことについても自分は深く考えていかなければならないと思った。自分はなるべく正しいことをして生きていきたいと思っていた。しかし、それだけするのは無理がある。「正しく」生きるというよりも「上手く」生きていきたいと考えた。それが良いことなのかどうかはまだよくわからない。それでも、自分のためにも周りの人のためにもなることが出来るような上手な生き方をしていきたいと考えるようになった。
*竹村大輔(たけむらだいすけ)
コンラッド先生の「“正しい”ということはあまりあてにならない」という言葉がとても衝撃的でした。自分はどうしても“正しいかどうか”に拘ってしまうため、それで人間関係に軋轢を生むこともあり、難儀していましたが、改めてその無意味さを突きつけられた気分でした。ただ、「場所や状況によって“正しいこと”は変わる」ということではないかなと、今では解釈しています。
ハーモニー体操については、正直、正しい意義や意味は分かりませんでした。が、得られるものは大きかったです。普段であれば周りを気にして“正しかどうか”を確認しながら行っていたと思います。ですが、先生の言葉を受け、“正しいかどうか”や周囲との違いを気にすること無く行った事、また違いを認めながら行った事が、自分にとって大変有意義に感じられました。このレポートに関しても、特に指定や指示がない(=正しい形を提示しない)のは、そういった部分がメンタルヘルスに関わってくるからなのかなあと勝手に考えながら書いています。
今後の実習に関して期待を抱ける、非常に有意義な時間を頂きました。コンラッド先生、白石先生、本当にありがとうございました。
*牛田葵(くだあおい)さん
文面の説明だけ読むと、目をつぶるとか他人の動きを気にしないとかいうからてっきり演劇のワークショップのような動きをするのかと思っていた。去年も同じような体をほぐすようなボディワークを行ったが、自分で自分の体を動かすという点で大きく違う。ほぐすというよりは、無理な動きはしないということからも自分の身体とごまかさずに純粋に向き合うと言う事が目的なんだろうなと解釈した。体がほぐれていくので正直眠くなったがそれだけ気持ちが良く、体がすこし軽くなったように感じた。
*高橋佳代(たかはしかよ)さん
目を閉じて行うワークのため、自分の動きに関しては周りを気にすることなくできたように思う。ついストレッチのように限界ぎりぎりまで動かしてしまいそうになり、楽に動くことはかえって難しかった。
*田村美咲(たむらみさき)さん
一言でいうと、筋肉痛になるほど各部位の筋肉や神経を意識してやっていたことがわかった。やっているその場では、寝てしまうほどリラックスしていたのに、不思議な感じだった。
また講義の主に体を動かしていたことで、仕草やいつも話すことの少ない方と交流が出来たことは貴重な体験だったと思う。講師の先生もユーモアがたくさんあって、話しやすくもっとお話しや、リラクゼーションのお話を聞きたいと素直のおもうぐらい楽しい時間が過ごせた。またいろんなお話の出来る、交流場として最適な手段だと思った。
*木村直(きむらなお)さん
正直に言うと今回のボディワークで先生がおっしゃっていたような身体の変化を時間内に感じることはできなかった。いくら肩と肩甲骨の動き方について考えても、それがどのような変化をもたらしているかということを肌で感じれなかった。しかしそれは自分の感覚が鈍っているだけかもしれないし、やり方が間違っていたからかもしれない。直接的な変化は実感できなかったものの、先生のお話は自分にとってとても有意義なものだった。特に、痛みを感じた時、苦痛を感じた時に、他人や社会の「正しさ」を当てにするのではなく、自分でその痛みの根源を知り、時にはそれを避けることが大切だ、というお話は非常に納得できた。うつ病になってしまったり、そこから抜け出せなくなってしまうのも、痛みの見つけ方を忘れてしまい、逃げることができなくなるからだろうと思う。そういった心の苦痛は、たとえあったとしても自分が無意識になかったことにしてしまうこともある。しかし、肉体の痛みは間違いなく感じられるものだろう。その肉体の痛みを知ることで、心の苦痛についても知ることができるのではないかと感じた。
*山崎菜菜(やまざきなな)さん
今回行ったハーモニー体操というボディワークは、心も体も非常にリラックスできるものであった。目をつぶっていたため恥ずかしがる必要はなく、全く緊張することなくリラックスして動くことができた。目をつぶったまま口での指示だけを聞いて体を動かすため、しっかり指示通りに動けるだろうかと不安な気持ちになったが、先生の指示の仕方はわかりやすく、動き始めると不安な気持ちはなくなった。ひとつの動きをこなしていくごとに一度全身の力を抜いて、体が今の動きでどのように変わったか確認を何度も行うため、最後には体と心に普段では感じることができない一体感を感じることができた。私は部活動は運動部に所属しているため、こういったボディワークで体と心の細かい変化を読み取るということが非常に重要に感じた。
*曽田楓(そだかえで)さん
初めてハーモニー体操というものをやった。ボディワークというからもっと体を動かすのかと思っていたら全然違っていて驚いた。いつもはただ何となく動いているが、今回いろいろなところを意識して動くことで意外に自分に癖だったりやりづらいことがあるんだなと思った。他の人がやっているのが見えないからとてもリラックスしてできたが、他の人がどのようにやっているのか、自分はどう違うのかも気になるなと思った。
*水野純子(みずのじゅんこ)さん
このボディワークを行う前は、リラックスということを改めて体験できるのかな?とわくわく楽しみであった。いざやってみると、ごろごろしてはいるものの、自分の体が硬いこともあり、動きが想像していたよりも複雑で、意外に緊張している時間が長かった。仰向けで横になっているときも、心臓の鼓動と、血管がドクドクと流れる感覚をもろで感じるような気がして、ちょっとむずむずと痒いような感じであった。しかし、横になって腕を動かす動きは、ゆっくりと滑らかにやろうと心がけていたので割とリラックスできていたような気がした。また、目を閉じてのボディワークと聞いて、誰も見えないし、誰にも見られないから自分のペースでリラックスしながらできるだろう、と想像していた。しかし、実際は予想とは逆で、自分以外の他人が誰も見えないので、何をしたらいいのかわからないという一瞬もあったし、自分が周りを見えないが故に、他の人から見られているかもしれない…という不安に陥る一瞬もあった。先生が指示をしながら歩きまわっている足音がなんとなく怖かった、というのもあるが、人の目を気にしないでリラックスするというのは自分の部屋で1人でごろごろしているときしかないのかもしれないと感じた。
先生の話の中で「海外に行ったら『正しい』ということは通用しない」というお話があった。このボディワークの中でも、正しい動きをやる、というよりも、自分に合った動きを選択して、ある程度の範囲の中でそれをやる、というような感覚であった。だからその部分で先生のお話とボディワークとの関係性が何となく自分の中でわかるような気がした。しかし、この「正しいは通用しない」の話について少し気になった。先生は、海外では我々の正しいが通用しないということを話されていたが、それは国内においても言える部分があると思う。日本で交通事故になったら、金持ちが裁判に必ず勝つ、ということはないにしろ、信号無視くらいなら誰でもするであろう。このくらいのレベルならまだしも政治家だって自分の面目を保ちたいがために、平気でうそをつく。そしてなれの果てには多くの国民を犠牲にするような事故や事件を引き起こす。日本でさえも、本来であればあってはならない暗黙の了解のようなものが当たり前に存在し機能している。だからもはや国内でも文化の違い云々の前に「正しい」は通用しないところまできているのかな、と考えた。
終わってみて疑問に思っていることは、どうして左右同じ動きをしないときがあるのか、ということである。普通、体操やストレッチだと、ほぼすべてのものが左右同じ内容を行うが、このボディワークは、そこまで左右同じことをする、という点にこだわっていなかったような印象を受けた。また、振り付けはどういった基準で決められているのかも疑問に残った。
最終的にはちょっと緊張することもあったが、今までにない新しい体験だったのでとても面白かった。先生がとても面白かったのでもっとお話を聞いたり、余裕があれば、先生の本を読んでみたりしてみたいと思った。またこのようなボディワークをやってみたい。
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